終戦60年を翌年に控えた平成16年の夏。弟の健太郎は姉でフリーライターの佐伯慶子に誘われ、慶子の恋人で新聞記者の高山隆司が進める「終戦六十周年プロジェクト」のため、自分たちの祖父・宮部久蔵について調べ始める。 祖母の松乃が6年前に亡くなった時、祖父の大石賢一郎は、自分は健太郎と慶子の本当の祖父ではないと告げた。母の清子も実の父親について、戦死したことくらいしか知らないという。慶子が厚労省に問い合わせたところ、宮部は神風特別攻撃隊として終戦間際に南西諸島沖で戦死したと、たった一行記されているだけだった。 戦友会を調べ、当時の宮部を知る人物を探すと、長谷川梅男という男から返事をもらう。長谷川を訪ねた2人は左腕を失った姿の長谷川に息を呑む。長谷川は、宮部について「海軍航空隊一の臆病者だった」と告げ、ラバウルとガダルカナルで繰り広げられた激しい攻防戦の記憶を語り始めた――。 昭和17年、秋。ラバウル基地の下士官宿舎では、ガダルカナルへの零戦の出撃で多くの航空機が未帰還となる中、長谷川らが国のために命を懸けようと励まし合っていた。しかしそこで宮部は「私は生きて帰ります」と宣言する。許されない発言に、長谷川は思わず殴りかかっていた。長谷川は日ごろから、いつも無傷で戻る宮部の戦い方に嫌悪感を覚えていた。自分が左腕を失った戦闘時も、命からがら基地に戻ると無傷の宮部機の姿があった…。 宮部を卑怯者と今も恨む長谷川は、宮部の戦後の様子が聞きたくて慶子らに会うことにしたというが、神風特攻隊で戦死したことを知ってがく然とする…。 一方、自分たちの祖父が「臆病者」だったと知りショックを受けた慶子と健太郎だが、その「臆病者」がなぜ「特攻隊」となって戦死したのかを知りたいと、宮部を知る元零戦搭乗員の伊藤寛次や井崎源次郎、元整備兵の永井清孝らに取材を重ねる…。 二転三転する証言。宮部久蔵とはいったい何者だったのか。 戸惑いながらも徐々に輪郭を帯びてくる祖父の人物像。そして湧いた疑問。 「娘に会うまでは死ねない、妻との約束を守るために」 そう言い続けた祖父は、なぜ自ら零戦に乗り、特攻隊員として命を落としたのか――?