巨大噴火が残した死の瞬間 2000年前のまま、ポンペイの時間を止めたヴェスヴィオ山の巨大噴火。6メートルの火山灰の下から奇跡的に蘇った町。 パンの化石など当時の生活の跡とともに見つかった遺体は、石膏鋳型法で再現され、その死の瞬間の壮絶さを今に伝えています。 2000年前!古代ローマの先進都市 ポンペイは古代ローマの先進都市でした。道は、馬車のための車道と歩道に分けられ、さらに町の隅々にまで公共水道が備えられていました。 また、人々のための社交場でもあった公共浴場には細部にまで工夫が凝らされ、インフラ技術の高さを物語っています。 ワインと美食の享楽生活 ポンペイの町のいたるところに書かれた当時の落書き。そこから、奔放な恋愛を楽しみ、ワインと美食に明け暮れた人々の、享楽的な生活が見えてきます。 酒宴は果てしなく続き、欲望に身を任せ続けていた時、ヴェスヴィオ山の噴火がポンペイを襲ったのです。 古代ローマの地方都市ポンペイは、2000年前、きらびやかな文化、そして栄華を誇っていました。 ナポリ湾に近く交易で栄え、ローマをしのぐ町でした。整然と張り巡らされた碁盤目状の通りと、インフラ技術による驚くべき都市計画。そこで、人々は、ワインと美食に明け暮れる、享楽の日々を送っていました。 しかし、西暦79年、町の北西に位置するヴェスヴィオ山の巨大噴火により、ポンペイは灰の下に埋もれてしまったのです。